塚本健太さんに八王子の村内美術館のレビューを執筆していただきました。塚本さんは、現在、都内の大学で政策科学を学ばれている方です。とはいえ、政策科学のなかでは語り落されがちな数値化されない価値を「美術」という営みに見出す、こうしたモチベーションをもって展覧会へと足を運ばれています。今回は、私自身も気になりながら、訪れたことがなかった村内美術館のレビューになります。ぜひ、お読みください。(南島)
東京の西部、多摩地方の中核となる八王子市。四季折々の自然が楽しめる高尾山や、多摩御陵など様々な名所があり、美術館も3カ所ある。八王子市夢美術館、東京富士美術館、そして本稿で紹介する村内美術館である。
村内美術館の館長を開館当初から務め、コレクションを作ってきた村内道昌氏は、当地で村内ファニチャーアクセスを60年以上にわたって率いてきた。1971年に三多摩地区初の本格的なギャラリー「ギャラリーむらうち」を開設し、東郷青児父子展など様々な展覧会を行ってきたそうだ。そんな中、1976年に館長自らが購入した、バルビゾン派のナルシス=ヴィルジル・ディアズ・ド・ラ・ペニャ《マルグリット(ひな菊占い)》をきっかけに絵画の収集が始まり、1982年に村内美術館が開館した。開館に際し、村内道晶氏がこの美術館のモデルとしたのは、パリのギュスターヴ・モロー美術館のような「小さいが親しみのもてる美術館」であった。だからこそ、開館当初から原則常設展示のみを行うスタイルで、いつも名作を見ることができる場となっている。
ところで、この美術館は最寄りである八王子駅からのアクセスが非常に悪く、駅から車で15分ほどかかる。しかし、美術館が入る家具店に行く無料のシャトルバスが八王子駅との間で結ばれており、とても便利だ(美術館が開館する前の1965年から、運行が続けられているそう)。なかなか美術館で無料のシャトルバスを運転しているところは少ない。八王子と共に発展してきた村内の粋な心意気が感じられる。このように、小規模な美術館ながらも、充実したコレクションとそのサービスで驚かされるばかりだ。
写真1:村内美術館エントランス
現在の村内美術館のコレクションは絵画、彫刻、椅子、さらには自動車(村内はBMWのディーラーでもある)まで様々あるが、展示の特徴は、なんといっても「家具(椅子)と絵画のコラボレーション」である。村内美術館に限らず、多くの美術館で椅子の展示が行われているが、椅子は椅子、絵画は絵画と分かれた形で展示を行っている館がほとんどだ。しかし、ここでは展示でライフスタイルを提案する家具店らしく、この2つを一緒にして展示している。入口には、館長が出題する「面白クイズ」や「面白いろはカルタ」、「ジュニアガイド」が配布されており、これらを読みながら展示を見ていくと、より展示を深く理解することができる。
1章・2章は「椅子の森」「椅子の花園」と題し、村内美術館が所蔵する名作椅子の多くを見ることができる。この展示室で注目したいのは、柳宗理《バタフライスツール》と、東郷青児《緑蔭の歌》、《ばら》の展示だ。柳宗理はインダストリアルデザイナーとして、東郷青児は画家として時代の寵児だった二人である。平面と立体の違いはあるが、どちらもたおやかな曲線美が映える作品である。以前はいくつかの椅子が選ばれて、「今月の椅子」として座り心地を体験することができたが、現在は新型コロナウイルスの影響で中止となっている。
4章では村内美術館の代名詞ともいえる「バルビゾン派」の作品がまとめられている。ここではカミーユ・コローに注目したい。コローはバルビゾン派を代表する画家のひとりで、とくに光の描き方が印象派に大きな影響を与えたとされている。展示されている風景画《ヴィル=ダヴレーのカバスュ邸》は明るい光が画面全体に差し込んでいる一方で、人物画《刈り入れ時》、《ドゥララン嬢》では、抑えた色調で、人物の内面性を丁寧に描いている。バルビゾン派の絵画は、どうしても風景が注目されがちであるが、画家たちが人物の表現を追究しているからこそ、卓越した風景画ができていることを心に留めておきたい。
5章ではもうひとつの主要コレクションといえる「印象派、エコール・ド・パリと現代日本気鋭の画家たち」をテーマに展示が行われている。まずは、印象派の作品から、エドゥアール・マネ《スペインの舞踏家》に注目してみる。1879年にスペインのムルシアで洪水があり、そのチャリティとしてタンバリンに描いた珍しい作品だ。その丸い形を活かした構図が興味深い作品である。この作品に向かい合うようにしてエコール・ド・パリの作品が並んでいるが、淡い色彩が特徴的な藤田嗣治とマリー・ローランサンの作品に挟まれるようにして、鮮やかな原色が特徴的なモイーズ・キスリングの7作品が並んでいる。
家具店の中にひっそりとたたずむ村内美術館。最近も、新たに倉俣史朗《Sing Sing SIng》《How High the Moon》が収蔵されるなど、コレクションが更に充実している。見に来ている人々の話し声を聞いていると、「買い物のついでにふらっと」寄ってみた方が意外に多そうだ。そして、そのコレクションに驚いていたようだった。館長が理想としていた「小さいが親しみのもてる美術館」が、ここに実現していた。
参考文献
田中日佐夫「村内道昌氏と村内美術館」『三彩』1990年3月号 p.110~p.113
「村内の歴史」https://www.murauchi.net/corporate/history.html (最終アクセス日:2020年11月12日)
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会場
村内美術館「東西名画展 日本とフランス」、「世界の名作家具デザイン展」 (水曜日休館)
・執筆者
塚本健太
都立大で政策科学を学びながら、学芸員資格課程を受講中。政策科学は行政が行う政策を理論で支える学問ですが、しばしば数値化できない価値を低く見がちです。美術館などの文化系施設もその一つです。効率化だけでは表すことのできない「場」としての価値を考えていきたいと思います。
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