世田谷美術館:屋外彫刻に足をとめたら1980年代イギリス美術の世界へ招かれた(Hiromi)
- これぽーと
- 3月23日
- 読了時間: 8分
更新日:5 日前
「美術鑑賞」と聞いて彫刻を思い浮かべる方はどれくらいだろう?コレクション展の魅力に精通した方でも、あえて彫刻を好んで見に行くという声はあまり聞いたことがない。昨今、虎ノ門ヒルズのパブリックアートなどが注目され、見渡せば、身近な街中に多くの彫刻が存在していることに気づく。美術館の展示室の外でも彫刻を見ることができ、それらがコレクション展へと導いてくれる。今回は展覧会の中ではなく、外を歩きながら、見つけた私だけの宝物を紹介したい。
■公園の屋外彫刻に足をとめて見る

東急線の用賀駅のほど近く、砧公園内に位置する世田谷美術館(以下、セタビ)。公園内では何体もの彫刻を見ることができる。美術館入口付近に立つ彫刻は訪れた方なら目にしているだろう。同じ敷地内には、他にもたくさんの彫刻群があることを私は知ってはいた。ただこれまでそれらを鑑賞することはなかった。いつか時間をかけゆっくり探してみようと思っていたのだが、その出会いは突然に訪れた。
先日、企画展「緑の惑星 セタビの森の植物たち」に訪れた際に忘れ物をしてしまい、翌日、再訪することになった。いつもなら展覧会場へ急ぐのだが、2度目となれば心のゆとりもある。

私はこれまで素通りしていた彫刻をじっくり見ることにした。世田谷美術館入口から、出会いの広場に向かい右に曲がり道なりに進むと、美術館側の芝生内に3体の彫刻が目に入る。美術館の入口に向かう途中に脇道があることに気づいた。彫刻の裏側に回ると隠れるように自転車置き場があり、犬の散歩途中で椅子に座る人がいた。ここは市民の憩いの場であり生活空間であって、そのなかにセタビの彫刻は存在するのだと気付いた。彫刻は絵画と異なり、作品をぐるっとまわりながら鑑賞ができるので、周囲の空間も含めて彫刻だと考えることもできる。作品を取り巻く空間に、いつもの生活を送る人たちが介在するという初めての経験をした。

セタビの企画展示室は、横型ワイドガラスがラウンド型に配されている。窓を開放した時には、巨木が目に飛び込む。どっしり構えた幹はこの美術館を深く印象付ける存在である。いつも公園側からはどのように見えるのだろうと思うものの、外から見たことはなかった。
さて歩いていると、その巨木の全貌が目の前に現れた。展示室内では太い幹の部分だけしか見えないのだが、美術館を見守り続けた御神木のようだった。その状態からある程度の大きさを想像していたが、それをはるかに超える高さと存在感にびっくりした。
アプローチはさらにその先へと続く。


■美術館の周りに潜む秘密の場所

いきなり視界が開け《馬とクーガ》の彫刻が目に入った。馬が向かう方向を見ると写真で見覚えのある円形サークルが見えた。「この奥にも何かあるぞ」と案内をしているようだった。灯台元暗し、美術館の中庭「くぬぎ広場」に彫刻はあったのだ。

夕日が落ちかけた時間帯、彫刻の間から見えるアンソニー・カロ《垣間見るアルカディア》をさらにパーゴラ越しに垣間見た。彫刻の長い影を足元まで届ける光は、すぐそこまで歩み寄る春のきらめきも含んでいる。
アンソニー・カロの作品の横に、平石を円形に並べたサークルが見える。これは直島のベネッセハウスミュージアムで見た作品に通じるものがあった。そして前日、コレクション展を足早に通り過ぎた時にも同じような作品が展示されていた。もしかして同じ作家では?とよぎっていたところ、リチャード・ロングであることがわかった。コレクション展と屋外彫刻展示が連動していたことを中庭の散策によって気づかされた。

森をイメージしたようなパーゴラと美しいフォルムのベンチが作る影は、太陽の動きによって伸びたり縮んだり、あるいは壁の傾斜にそって立ち上がる。平面でありながら立体的に変化する影もまた彫刻ともいえるかもしれない。
■美術館内へ引き寄せられる

裏口のようなレストラン側から入館した。この廊下はいつもの展覧会だと死角になりがち。というのも通常はこちら側が出口となり、廊下は背後に位置するため視界に入らない場所。今回、入口と出口が逆転したため、上から吊るされた葉っぱのオブジェとともに廊下の存在が目に入ってきた。
前日、時間切れで通り過ぎただけの2階へ向かった。展示室内の作品は、今、まさに中庭で見てきたばかりの作家が呼応していた。リチャード・ロング、アンソニー・カロ、トニー・クラッグ、バリー・フラガナン。前日に見た時は耳慣れない作家ばかりでよくわからず眺めていただけだった。彼らの中には専門教育を受けず独自の表現で創作に励む者もいた。私は、素朴派という時代があったことをここで初めて知った。
屋外彫刻を見ることで、ミュージアム コレクションⅢ「1980年代のイギリス美術 展覧会の記憶とともに」の意味をやっと理解できた。1980年代、この時代の現代作家のコレクションをセタビでは多く占めていたのだった。一部は美術館の屋外彫刻として展示され、今回、連動するかたちで同じ作家の作品が目の前に現れた。
会場で上映されていた映像(D-10 デイヴィッド・マック《スタンディング・ルーム・オンリー》)は作家が展示室で制作する様子を流していた。その一瞬に息を飲んだ。さきほど造形と影の美しさに魅せられ撮影していたベンチが展示室に持ち込まれ、バイクや様々なものとともに作品として積み上げられていた。くぬぎ広場で目にとまった椅子までがコレクション展とシンクロしていたのである。

■誰もが立ち寄ることができる展示室

同時開催されている企画展「緑の惑星 セタビの森の植物たち」は、2023年に行われた「動物たち」に続く第二弾にあたる。注目作品は、メインビジュアルにもなっている塔元シスコの新収蔵品である。彼女もまた素朴派の画家で、48歳の時、脳溢血で倒れた後、独学で絵を描き53歳から本格的に描くようになった。

公園を見渡せるワイドガラスの企画展示室に移動すると、天井からおびただしい数の植物のモチーフが迫ってくる。これは全国でも草分けとなったセタビの教育普及活動の一環で、区内の小学校に出向き製作した1200以上の作品。400名のボランティアの協力によって飾りつけられた。パーゴラのある「くぬぎ広場」から入った通路の装飾も、この活動の一環だったとわかった。開館から年月を重ね地道に積み上げてきた地域の方たちとの交流や信頼関係がこの圧倒的なパワーとなって爆発したのだろう。

さらに植物は、展示期間中も増殖していく。窓から届く光を受けて葉は光合成をして酸素を吐き出す。この空間を訪れた人々は新鮮な酸素を吸ってエネルギーを放出する。そのエネルギーは「何か作りたい」という欲求に変わり木々の葉はさらに茂っていく。
くぬぎ広場には三葉虫の彫刻がある。落花生のような形の一面を削ぎ落とし内部がくり抜かれている。殻の部分にはシマ模様があり、私はこれがミトコンドリアのマトリックスといわれる部分に見えていた。ミトコンドリアはエネルギーを生成する場所であり生命の維持装置ともいわれている。

セタビの美術教育は作品を作るだけではなかった。生命誕生の歴史を「地球の誕生」から「植物の誕生」を経て「人類の誕生」という壮大な流れの中に今があることを伝えていた。ジャンルを超えた知はこれから生きる力として大切な栄養源となるだろう。

そしてこの場所は開かれている。だれでも招き入れ出入りも自由だ。だれもが表現者であることの実践の場。表現されたものはエネルギーを放ち、それを受け取ったものがまた新しい発想やエネルギーに転換していく実験の場に思えた。植物も動物も、そして目に見えない小さな生き物や私たちもみんな生きるための模索を同じようにしている。お互いが放つエネルギーを享受しあいながらよりよく生きるために高め合ってきた今を実感させられた。これはセタビが「芸術を心の健康を維持するものとして位置づけ日常生活と芸術をつなぐ場を提供」するというコンセプトに通じていた。
2度目の鑑賞は見るモードが変化した。目的が展覧会の鑑賞から、屋外彫刻やその周囲で散策する人に目を向ける心のゆとりができた。気持ちの開放は心の健康につながると思った。そして芸術は日常生活の延長にあることも実感できた。
■設計者のエネルギーを受け取る
この美術館の設計者は内井昭蔵。「周辺環境を考慮した公園美術館にし、この空間を日常化する」という建築家の思いが言葉として届く前に導かれていた。これまで気づかなかった「くぬぎ広場」の存在と彫刻が視界に入ると、吸い寄せられるように館内へ誘われた。そこには関連作品が展示されていたという実にタイミングのよい機会に恵まれた。
セタビの歴史の一旦に触れ、この美術館の魅力を私なりに見つけ出せたことは、散策や模索によって宝石の原石をみつけたように思う。美術館が企画展などで表向きに提供する情報や学びがある。心を開放することによってさらにその奥に隠れていた美術館の理念や教育、思いが見えてきた。表面的な学びだけでなく言葉で表されていないメッセージを受け取ることが私にとっての宝物である。この原石を美術館と共に磨きあげながらより輝きを増していくのを楽しみにしたい。きっと新たな光も放って驚かせてくれると信じている。
※掲載写真は筆者(注をのぞく)
参考文献
世田谷美術館 美術館概要
(最終アクセス日:3月22日)
(最終アクセス日:3月22日)
会場・会期
世田谷美術館
ミュージアム コレクションⅢ「1980年代のイギリス美術 展覧会の記憶とともに」
2025年1月25日から4月6日まで
コレクション選「緑の惑星 セタビの森の動物たち」
2025年2月27日から4月13日まで
執筆者プロフィール
Hiromi
医療系短大卒業。医療関係施設で分析系の仕事に従事。その後、フリーのセミナー講師として全国をまわる。空き時間を利用し各地域の動植物園、博物館を巡りながら、美術館にも興味が広がった。全く美術に興味を持てなかった頃の自分へ「こんな見方をしたら美術にも興味、わいてきませんか?」というインビテーション。
Comentarios