はじめに
神戸の中心地、三宮駅から歩いて10分ほど。繁華街の喧騒から離れると、西洋の趣を感じる建物が姿を現す。
神戸市立博物館は、かつて多くの外国人が住み、今もなおその景観を残す旧居留地にある。
大きな円柱が並ぶ特徴的な建物は、旧横浜正金銀行神戸支店ビル(1935年竣工)を転用したものだ。国の登録有形文化財にも登録されている(注1)。市立南蛮美術館と考古館を統合し、1982年に開館した神戸市立博物館。まずはその概要を紹介する。
まず1階は常設展「神戸の歴史展示室」で、先史時代から開港、近代までの神戸史を、史料・映像・ジオラマを用いて説明する。2階はコレクション展示室で、期間ごとにテーマを設けて展示されている。また2階から3階の一部は特別展用のスペースとなっている。
古くから日宋貿易の中心地として栄えた港町・神戸は、鎖国政策を経て1868年に開港した。開港に際して他国と様々な条約を結んだが、その内のひとつに外国人居留地の設立があった。これにより、神戸には外国からの新しいモノ・コトが集結し、国際都市としての第一歩を踏み出すことになる(注2)。
このような特色を持つ神戸市に建つ本博物館は、その基本テーマを「国際文化交流、東西文化の接触と変容」と明記している(注3)。市立の博物館でありながら、海外との関係性をメインテーマとして据えているのだ。
その特色をよく表しているのがコレクション展である。本レビューではその中でも特に、現在開催中の「南蛮屏風とその時代」、「和ガラス名品撰ー近代編」について述べていく。
「南蛮屏風とその時代」
本博物館が精力的に収集する南蛮美術。その中でも、期間中は南蛮屏風にフォーカスした展示が行われている。
豊臣秀吉のお抱え絵師であった狩野内膳による《南蛮屏風》は、16世紀中期にポルトガルなどから渡来した西洋人、つまり「南蛮人」の様子を描いている。
日本へ到着したばかりの船から異国の品々が次々と運び込まれていく。商人や奴隷らしき人、宣教師たちが、色とりどりの洋服を着て屋敷へと向かって行く様子が緻密に描写されている。広い海に浮かぶ大きな船。これまで屏風に描かれたことのない日本人でない人々。新しいモノへの驚きと、まだ見ぬ「世界」への期待に満ちたムードを感じることができる。海の青、画面の大部分を占める金、服装の赤がちりばめられた、桃山時代らしい華やかな作品である。
いずれも狩野内膳《南蛮屏風》桃山時代、紙本金地著色、6曲1双、重要文化財
また、本館では日本で最も有名な宣教師であろう《聖フランシスコ・ザビエル像》も展示されている(一部期間中はレプリカの展示)。作品には専用の小部屋が設けられており、神からの愛に触れたザビエルのエピソードなど、詳しい解説を読むことができる。十字架に貫かれたザビエルの肖像画と、画面下部に記された万葉仮名。一目で文化の交わりを理解できる作品だ。
《聖フランシスコ・ザビエル像》江戸時代、重要文化財
「和ガラス名品撰ー近代編」
本博物館には「びいどろ史料庫コレクション」と名付けられた、ガラス器と文献資料から構成される約8000点のコレクションがある(注4)。期間中は明治時代以降、西洋文化の流入とともに発展した和ガラスに焦点を当てた作品が展示されている。
水色、透明、赤色など、目に涼しい作品が並ぶ。明治中期の作品には、まだ鋳造が荒く厚みが均一でない作品も多い。しかし、大正〜昭和へと時代が進むにつれ、より薄く、装飾性の高い作品が見られる。
キャプションでは、各作品がどのような用途で使われていたのかが記載されている。水さしとしての使用はもちろん、果物や花、アイスクリームや氷などをのせていたようだ。ガラス食器という現在の私たちにとっても身近な存在から、技術の進化と生活様式の変化を観察できる。
「和ガラス名品撰ー近代編」展示風景
兵庫県立美術館との比較
ここで、同じく兵庫県神戸市にある兵庫県立美術館との比較を行いたい。
もちろん「博物館」と「美術館」の違いから、収集する作品のジャンルは異なるが、前身が近代美術館である県立美術館は、主な収集対象を近現代の絵画・彫刻としている。また、兵庫県出身の画家らの作品を多く集めている。
比べて神戸市立博物館は、先述したように、神戸市が歩んだ歴史から「日本と海外の関わり」というテーマに沿った作品を収集している。先述した南蛮屏風の他にも、本館のコレクションには、日本の浮世絵師が海外の風俗を描いた作品(注5)や、外国人画家が日本の町を描いた作品(注6)が存在している。
日本人がどのように海外と出会い、そして、渡来した外国人がどのように日本を見たか。それまでになかった「外」との交流によって、人々は日本という国を相対的に比較できるようになったのだ。
現在は当たり前に行われている国際交流の、その始まりの一歩。開かれ、交差した結果として生まれた作品のコレクションには独自色があり、県立美術館との住み分けが明確になされている。
開港の影響を真っ先に受けた神戸市だからこそ、語るべきであり、語る意義のある展示内容になっているのだ。
おわりに
博物館を後にし、旧居留地を抜け、少し歩いて海までやってきた。
遥か遠くまで続く海が、先ほどの南蛮屏風の光景と重なった。この水平線の向こうから異国の船がやってくる。それはきっと、期待と希望と、ほんの少しの不安が混ざったような気持ちだったのではないだろうか。
一歩外に出れば広がる旧居留地の街並みと、広大な海。先ほどの展示内容とリンクする景色は、まだ観賞体験が続いているかのようだ。この感覚こそ、地域に根ざした「市立」博物館だからこそ得られるものではないだろうか。
初めて神戸に来る方はもちろん、生粋の神戸っ子にも、神戸市立博物館で、港町・神戸を深く感じてほしい。
(注1)神戸市立博物館. (n.d.). 理念と目的・基本的性格・使命. 神戸市立博物館. https://www.kobecitymuseum.jp/about/about01(2024/09/18アクセス)
(注2)神戸市立博物館. (2019). 古代から現代へ KOBE歴史の旅 神戸市立博物館歴史展示ガイド. 神戸市立博物館・神戸新聞総合出版センター.
(注3)神戸市立博物館. (n.d.). 当館について. 神戸市立博物館. https://www.kobecitymuseum.jp/about/about01(2024/09/18アクセス)
(注4)神戸市立博物館. (2013). 神戸市立博物館で楽しむ歴史と美. 神戸市立博物館・神戸新聞総合出版センター.
(注5)神戸市立博物館. (n.d.).亜墨利加賑之図. 神戸市立博物館. https://www.kobecitymuseum.jp/collection/detail?heritage=367113(2024/09/23アクセス)
(注6)神戸市立博物館. (n.d.).神戸居留地北端風景. 神戸市立博物館. https://www.kobecitymuseum.jp/collection/detail?heritage=367371(2024/09/23アクセス)
写真は全て著者撮影
会場・会期
神戸市立博物館 コレクション展示「南蛮屏風とその時代」「和ガラス名品撰ー近代編」
2024年9月14日から12月8日まで
・執筆者プロフィール
伊塚ちひろ
京都芸術大学アートライティングコース在学中の社会人大学生。芸術作品の多種多様な「美しさ」に惹かれ、その魅力を自分の言葉で表現するため勉強中。好きなジャンルは絵画。最近はインスタレーションにも興味がある。
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