曇天の会期初日に訪れたからだろうか、そこは先月まで開催されていたピピロッティ・リスト展の賑わいとはうって変わって、いつ通りのもの静かな美術館に戻っていた。
本稿で取り上げる京都国立近代美術館(以下、京近美)の「モダンクラフトクロニクル」展は、同館所蔵の近現代の工芸作品をクロニクル、つまり年代記形式で紹介していく企画展である。第1章から第7章まで合わせて280点もの、それも自館のコレクションのみで構成される展覧会であるため、これぽーとで取り上げてみようと思う。本題へ入る前に、京近美が工芸を一つの軸としている美術館であることを述べておきたい。所蔵数は絵画2169点に対して、工芸は2865点におよぶ。そう、つまり、京近美は絵画よりも、多くの工芸を所蔵する美術館なのである。
さっそく展示を見ていこう。
「世界と出会う 起点としての京都国立近代美術館」と題された第1章では、海外作家の作品が展示されている。くわえて、過去に同館で開催された工芸に関する企画展のポスターもともに展示されていることから、鑑賞者は展示を見るだけでなく、京近美の工芸の展覧会史を概観することにもなる。ルーチョ・フォンタナの《陶彫》(1963)や、同館で開催された昨年の回顧展が記憶に新しいニーノ・カルーソの《陶彫》(1968頃)が作品としては最初に目に入る。キャンバスを切り裂いた作品群で知られる作家の作品から始まるのは、このクロニクルの幕開けにふさわしい。
ここでキャプションが普段とは少し違っていることに気付く人はどれぐらいいるだろうか。本展では、通常のキャプションデータ(タイトル、作家名(生没年)、制作年、素材など)のほかに、所蔵年度とそれが出展された代表の展覧会名が併記されている。開館以降、コンスタントに工芸表現を紹介し続けてきたことが明確に伝わってくる。
つづく第2章では、京都で発足した四耕会と走泥社という2つの前衛陶芸集団を中心に、それまでの伝統的な陶芸の系譜のなかから、20世紀後半に向けて、工芸における表現の領域がどのように拡大していったのかが示される。例えば、錆びた金属のような色合いで蛇口をモチーフにした里中英人の《シリーズ:公害アレルギー》(1971)を見れば、タイトルからもわかるが、それが1960年代以降、高度経済成長期に社会問題化した公害に対して言及というコンセプチュアルな作品であることは誰の目にも明白である。この作品は極端な例かもしれないが、四耕会・走泥社以降の国内の前衛陶芸からは、現代美術への接近もあいまってか、伝統的工芸では自明なものとされていた「用」の要素が徐々に欠落し、オブジェとしての性格が色濃くなっていることが分かる。作品リストの素材技法の欄には「陶器」の文字が並んでいるものの、鑑賞者にとって、もはや本来的な器(いれもの)としての姿をそこに見出すことは難しいだろう。現代工芸に馴染みの薄い鑑賞者にとっては、工芸とその他の美術の立体作品のあいだにはどのような違いがあるのだろうか?と思うかもしれない。ちょうどその疑問を「『美術』としての工芸 第8回帝展前後から現在まで」と題された第3章が、美術(制度)と工芸の関係性や距離感について応えてくれる流れになっていた。逆説的に、「用」と「美」の関係や自己表現に関する側面が注目されている。
ここから少しだけ駆け足でつづく章を見ていくと、第4章では河井寛次郎や北大路魯山人を皮切りに古典の発見や伝統性をテーマに、第5章ではバーナード・リーチや藤井達吉を中心に大正期の新興工芸として、第6章では図案という観点から浅井忠や神坂雪佳の作品などが展示されていた。
そのなかで、これぽーとのレビューとして、ひとつ言及しておきたいことがある。第5章以降は、4階のコレクションギャラリーの展示室の一部が用いられていることだ。つまり、この企画展はコレクション展へと侵入して、展示空間そのもののレベルでも企画展とコレクション展が地続きになっている。しかも、第5~7章だけであれば、コレクション展のチケットだけでも見ることができる。企画展は見るが、コレクション展や常設展があまり見向きもしてくない、なんていう距離感はここには存在していないのだ。
最後に、コレクションや収集活動という観点から、第7章「手わざの行方」を見ていきたい。ここで展示されているのは、主に明治期に作られた象牙の彫物や漆芸、七宝、象嵌と多様な作品群で、いわゆる「超絶技巧」と呼ばれることが共通点としてあげられる。このような明治期の工芸の多くは、海外への輸出用として制作されていたという経緯から、国内での流通も保有も比較的少なく、これまでなかなか評価されずにいたという。しかし、近年になって超絶技巧の作品への再評価の流れが起きているというのだ。確かに、2017年に三井記念美術館で開催された「驚異の超絶技巧! -明治工芸から現代アートへ-」展が全国を巡回し人気を博していたことは読者の皆さんも記憶に新しいのではないだろうか。そして再びここでもキャプションに目を配ってみると、この章の展示作品のほとんどは10年代後半に購入されたものであることに気づかされる。展示作品の奥に潜む、作品の来歴や作品と美術館との関係性といった所蔵を巡るストーリーも見え隠れするさまが感じられた。
この展覧会は、とてもシンプルでオーソドックスな近現代工芸=モダンクラフトのクロニクルかもしれないが、京近美の工芸にまつわる収集や企画そのもののクロニクルを覗き込めるように仕組まれてあったのだ。
企画展なんだけど、コレクション展。コレクション展なんだけど企画展。これらは決して矛盾する存在ではないはずだ。そもそもコレクションを使った企画は全国でも常に行われている。本展はそれが明瞭な形であらわれていた。コロナ禍で多々俎上に載せられた自館コレクションの活用という点では芦屋市美での大コレクション展のような組み立てであったし、企画展とコレクション展の関係性という点では、この「これぽーと」でレビューを書くにはうってつけの展覧会だったと言えるかもしれない。
会場・会期
京都国立近代美術館:モダンクラフトクロニクル展
2021年7月9日8月から8月22日まで
・執筆者プロフィール
松村大地
京都工芸繊維大学のデザイン・建築学課程に在籍中。建築やキュレーションを学ぶ傍ら切り絵作家としても活動しています。最も興味があるのは20世紀の美術で、国立国際美術館によく足を運びます。おすすめの美術館は軽井沢千住博美術館です。
現在、大阪在住。
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